はじめて日本に来たフィンランド人の友人に、ラーメン屋に連れて行ってほしい、と頼まれたことがある。
伊丹十三の映画『タンポポ』を観て以来、いつか日本に行ったら、映画のようなラーメン屋のカウンターでずるずると音を立ててラーメンを食べるのが夢だった、というのだ。
ところが実際日本に来てラーメンを食べてみたがうまくできない。実際に目の前でやって見せて、コツを教えてほしいと言われた。コツと言われてもな、と思いつつとりあえず二人でラーメン屋の暖簾をくぐった。
小さな頃から見よう見まね、自然に身体に染み込んだ所作を人に説明するのは難しい。そこは言葉と似ている。母国語に対して母身体といってもよさそうだ。
舌の動かし方が難しそうだ。へたするとむせてしまう。西洋人にとっては音を立てて食事をするのがマナー違反となるだけに、難易度の高い動作だろう。
もし、日本所作検定などというものがあって、ずるずると上手に音を立てて麺を食べることができたとしたら、かなりの上級者ということになるだろう。
ぼくの下手な教え方にもかかわらず、彼はぎこちなくずるずると麺をすすってラーメンを平らげた。イーハトーブのクーボー博士なら「奮励」ぐらいにはなるだろう。自分にとって簡単なことでもフィンランド人には難しいこともある、逆もまた真なりだけど。
そんなことをあまりムキになって考えてみても麺が喉を通らない。それよりも二人でラーメンをずるずるとすすって食べたのが楽しかった。
ところで、映画『タンポポ』には、白人男性がスパゲッティを豪快にすするシーンがある。演じているのはフランス人パティシエのアンドレ・ルコントという人らしい。それにしてもさすがフランス人、パスタをすする音にもエスプリが効いている。
でも、実際こんなふうにスパゲッティを食べる人が近くにいたらいやだ。レストランだって黙ってはいないだろう。なんにしても、それぞれの伝統や習慣を尊重することが大切だ。
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