「スウェーデン式」フレンチプレス

Tammisaari 2012
Tammisaari 2012

高松の この峯も狭に 笠立てて
盈ち盛りたる 秋の香のよさ

万葉集 第十巻 二二三三番歌 作者未詳

フィンランドでお世話になった恩師、SGの家は、南フィンランドの人里離れた森の中にある。美術館学芸員のNinaさんと一緒に暮らしていた。二人ともスウェーデン系のフィンランド人だ。

ぼくとうちの奥さんがお宅にお邪魔すると、Ninaさん手製の食事とデザートで歓迎してもらい、テーブルを囲んで、おしゃべりをしたり、森の中を散歩したりして過ごすのが常だった。

分厚い絨毯のような苔にびっしりおおおわれた森は、SGの案内なしには迷子になってしまうほど広大だった。足もとのフカフカする森の中を歩きながら、キノコの種類と採れる場所を教えてくれた。キノコのあるところは匂いでわかるのだそうだ。本当だろうか。

家事や料理は一切しないSGだったが、コーヒーだけは自分で淹れていた。独特のスパイスの香りのするコーヒーだった。あるときSGにコーヒーの淹れ方を教えてもらった。

フレンチプレスのコーヒーメーカーにコーヒーの粉を入れ、お湯を注ぎ、そこにカルダモンのシードを一粒か二粒ちぎって放り込む。あとは蓋をして4分間待つだけ。「これがスウェーデン式。とても簡単だ」と真面目な顔つきでそういった。

それが本当のところ「スウェーデン式」なのか、「フィンランド式」なのか、あるいは、我流なのかは知らない。キノコの採れる場所は忘れてしまったが、コーヒーの作り方は覚えている。

日本に帰ってきてすぐ、フレンチプレスのコーヒーメーカーとカルダモンを買い込み、日常的に「スウェーデン式」で淹れたコーヒーを飲むようになって10年以上が経つ。

SGが亡くなったという知らせが、フィンランドから届いたのは去年の7月だった。「SGの友人でいてくれてありがとう」というNinaさんの短いメッセージが添えられていた。

あれから半年が経つけれど、いまだにSGの死を受け入れられない。そんなことのできる日がいつか来るのだろうか。今でも、あの森で自分で淹れたカルダモンの香りのするコーヒーを飲んでいるに違いない、と思えてならない。

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