#027 田中康夫「伊豆山 蓬莱旅館」、古くて新しい実存的な問題

昔みたい (新潮文庫) 田中 康夫

出戻りで子持ちの「私(江見由佳)」は、母と二人だけで旅行をする。宿泊は伊豆の老舗旅館 蓬莱。懐石膳(鰈とあいなめのお刺身、日本酒)を堪能し、就寝前に母娘で走り湯に入る。

「私」は、両親が勧める「信濃町にある医学部出身の内科医で二十八歳」の「非の打ち所もない」相手との婚約を破棄し、山口県下関で開業医をする「大好きな」浜田明と結婚するが、生後七ヶ月の息子を連れて離婚する。

「由佳ちゃんね!」
私は、母の方を見た。檎の椅子に腰かけて、手ぬぐいで体を擦っている。後ろ姿の母は、 疲れた肌をしていた。
──いつか、私も、ママと同じような後ろ姿になるのかしら。

田中康夫「伊豆山 蓬莱旅館」『昔みたい』新潮文庫 所収
(『25ans』婦人画報社)

昭和60年代バブル期の東京、アッパー・ミドルの家庭に育った20代後半の女性を語り手に恋愛と見合いの相剋を描く。古くて新しい実存的な問題は、令和の時代を迎えた現代でもリアリティを失っていないと思う。女性がどんな男性を結婚相手に選ぶのかは、永遠の大問題だ(逆もまた然り)。

小津映画なら結婚を間近に控えた娘と父の二人旅行となりそうだが、田中康夫の小説では父親の存在は希薄だ。その点、村上春樹と似ていなくもない。個人的には田中康夫の文体が肌に合うが、比較して読むなら、村上春樹の短篇「パン屋再襲撃」 もお薦めだ。


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