#049 ハインリヒ・フォン・クライスト「ロカルノの女乞食」、女幽霊の跫音

Das Bettelweib von Locarno
ハインリヒ・フォン・クライスト「ロカルノの女乞食」種村季弘訳

イギリス南部のリゾート地、バースを舞台にしたロアルド・ダールの「女主人」では、生きている女が恐ろしいと思ったが、やっぱり女の幽霊も恐い。

この短篇小説の舞台はスイス南部のリゾート地ロカルノ。リゾートに女乞食。不吉だ。日本なら「軽井沢の女乞食」みたいなものかもしれない。

スイスの幽霊には足があるのだろうか。日本の幽霊に足がないのは、円山応挙の幽霊画以降のイメージらしいが、地に足のついた幽霊というのも想像し難い。

眼には見ることのできない何者かが、部屋の片隅で松葉杖をついて立ち上がる。その足元にざわめく藁の音。タップ! タップ! 最初の跫音で犬が目をさまし、耳をピンと立てて(略)

ハインリヒ・フォン・クライスト「ロカルノの女乞食」種村季弘 訳(『ドイツ怪談集 種村季弘編』所収)河出文庫
Heinrich von kleist, “Das Bettelweib von Locarno” 1874

種村季弘訳に「跫音」とある。字面を見ただけでぞっとする。ヨーロッパでも特に聴覚が敏感なドイツ語圏ならではの女幽霊物語。反転した足(脚)フェチもののヴァリアント(異本)としても興味深い。

最後、気の触れた侯爵が火をつけてまわる場面が痛々しい。「不吉な女」もので短篇小説のアンソロジーを編むとしたら、ダールの「女主人」とともに外せない一篇になるだろう。

ところでロカルノといえば、パトリシア・ハイスミスがその郊外に終の棲家を定めた地として、「映画祭」や「条約」よりも個人的には馴染みがある。ハーパーズ バザー誌に掲載された出世作「ヒロイン」でも、最後に放火をする場面があるが、ロカルノの女小説家は「ロカルノの女乞食」を読んでいただろうか。


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