
中学生から大学生の頃まで、我が家を「別宅」にしていた茶トラの雄猫が近所にいた。「本宅」の飼い主から与えられた名前は「ハッチ」。捨て猫だったので「みなしごハッチ」から名前をつけたのだろうと思う。
我が家では勝手に「はっちん」と呼んでいた。はっちんは、海苔と竹輪が大好物だった。優しくてさっぱりとした性格だったから、嫌がっているのにしつこく突っついても、カッとなって掌を穴のあくほど噛み付くとか、顔にセロハンテープを貼り付けて変な猫顔を作って笑っても、お弁当のおかずの焼き鮭を丸ごと盗んで食べたりするぐらいで勘弁してもらっていた。
猫の顔は、まっぷたつに割れていた 片側は白く、片側はまっ黒だったのだ。黒と白をわかつ線はたいらな額のてっぺんから鼻の頭を抜けて口まで、一直線に走っている。
スティーヴン・キング「魔性の猫」白石朗 訳(『夕暮れをすぎて』所収)文春文庫 The Cat from Hell: Stephen King (Just After Sunset)
スティーヴン・キングの描く猫は、黒色と白色が顔の真ん中でまっぷたつになったハチワレの「魔性の猫」だ。この猫がどんな風に、どの程度残酷に復讐を果たしていくかについては、読めばわかるが、かなりエグい。恨みを買う人間の行為は憎むべきものだが、猫の方もキングらしく淡々とした残酷さで復讐を成し遂げていく。
僕の場合、今のところ「はっちん」の復讐はない。ただ、ちょっと気になるのは、奥さんのことだ。彼女のアダ名は「はち」。ちょっと「はっちん」に名前が似ている。彼女も海苔と竹輪が大好物だ。
そういえば、Fazerのチョコレートがいつの間にか彼女に食べられてしまったり、蕎麦アレルギーなのをわかってるはずなのに、蕎麦饅頭を食べさせようとしたり、思い当たる節がないわけではない。
ひょっとして「はっちん」が彼女に乗り移って、ささやかに復讐を試みているのだろうか。ささやかすぎて、気づいていないだけなのかもしれないけれど。

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