安部公房をもよおす11月のヘルシンキ

Eteläranta Helsinki, Finland November 2005
Eteläranta Helsinki, Finland November 2005

2005年、ヘルシンキの美術大学(当時はTaikと呼ばれていた。現在はAalto Universityに統合)にいたときのこと。

11月のある日、ぼくは知り合いの日本人の女子たちと市バスに乗っていた。藝大の大学院生、武蔵美の出身者など日本人留学生たちだ。

すると彼女たちのおしゃべりから、安部公房がどうのこうのと聞こえてきた。

安部公房の、第四間氷期を読んでいるんだけど、すごく面白くてね、と一人が云うと、へぇー偶然、わたしも箱男を読んでる、別の女子も、そうなの? わたしも安部公房を読みたいと思っているんだけど、というふうに。

第四間氷期、砂の女、箱男、方舟さくら丸、などが飛び交う。ぼくも読んだことの好きな小説だ。それにしても、これが20代の女子たちがするおしゃべりなのか。

不思議なのは、それぞれがほとんど同時期に、安部公房の小説を読んでいるとか、読みたいと思うことの偶然だ。彼女たちもそのことに驚いていた。共時性というのはこのことだろう。

実はぼくもそのときカフカの『城』を読み終え、日本から取り寄せたばかりの、『人間そっくり』を再読し始めたところだった。ぼくは会話に首を突っ込む野暮はやめて、彼女らの安部公房談義に耳を傾けていた。

あのとき、日本人留学生たちの頭の中で何が起こっていたのだろう。11月のヘルシンキの光や空気に、安部公房をもよおす成分が含まれていたのだろうか。

「君は安部公房という小説家を知っているかい?」
「名前は聞いたことがあるな」

安部公房「耳の値段」(『R62号の発明・鉛の卵』所収)新潮文庫
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