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フィンランドでブラジル人とチェスを指す

フィンランド
Kirjastossa Lärkkulla Suomessa 2005
Kirjastossa Lärkkulla Suomessa 2005

お仕事が、と云ひ掛けたら井伏さんは、君、三番勝負さ、一番だけなんて呆気無い、と仰言る。覚悟を決めて、后二番指したら二番とも僕が勝った。

小沼丹「井伏さんと将棋」 (『 大人の本棚 小沼丹 小さな手袋/珈琲挽き』 庄野潤三編 所収 みすず書房

フィンランドにいた頃、ブラジル人とチェスを指したことがある。彼の名前はパウロといった。フィンランド語のクラスで一緒だった。

サンパウロの生まれで、ぼくより五つぐらい歳が下だった。スウェーデン系のフィンランド人女性と結婚しており、学校のあるKarjaaに近い、Tammisaariのフットボールチームで、選手兼コーチをしていた。

冬のある日、パウロが、君はチェスを指すか、ときいてきた。やったことはあるが、小学生のとき以来だから忘れた、と答えると、日本のショウギと似たようなものだ、教えるから勝負しようといって、教室の片隅に放置されていたチェス盤を引っ張り出して、ぼくの前に持ってきた。せっかくなので、受けて立つことにした。

駒の動き方を説明をしてもらううちに、指し方をだんだん思い出してきた。なんとか指すことができそうな気になり、とりあえず一番だけということで相手をしたら、あっけなく負けてしまった。

パウロは愉快そうに、また指そうといった。ぼくとしては次の対局では簡単に負ける訳にはいかない。フィンランド語の宿題は後回しに、iBookG3にチェスのアプリをインストールし、繰り返し練習した。

勝負の二番目は、数日後の午後、フィンランド語の授業が終わったあと、図書室の片隅で行われた。練習の成果があったのか、にわか仕込みにもかかわらず、ぼくが勝った。

パウロは、ビギナーズラックだね、と言い訳がましいことをいいつつも、ぼくの健闘を称えてくれた。そして、君、三番勝負さ、という。それならばと、日を改めて対局することになった。

三番目は、後日、昼食後に食堂のテーブルで行った。またしてもぼくの勝ち。しかも、サッカーなら5-0ぐらいの圧倒的な大勝だった。

パウロは攻撃に夢中になるあまり、守備がお留守になる。こちらとしては守備的に引きつつも、ときどき、わざと守りをゆるめてやる。すると、すぐに手をだしてくる。そのときできる穴を突けば、簡単に相手陣内に侵入することができた。パウロの足はボールを蹴ることは得意だったが、手の方はチェスを指すには向いていないようだった。

パウロは、ブラジル人は、サッカーがそうであるように、攻撃は大好きだけれど、守備は大嫌いなんだ、負けたのは自分のブラジル的国民性が原因だ、などとブツブツいっていたが、FIFAランキングでいえば、バハマやサン・マリノにも劣るような、ぼくら二人のチェスの腕前に触れることはなかった。

そのあとしばらくは、顔を合わせるたびに、勝ち逃げは許さんと、次の対局を催促されたが、ぼくはチェスのほかにもやりたいことがあったので、適当な理由をつけて避け続けた。結局それから、パウロとチェスを指すことはなかった。

それ以後、なんとなくパウロのぼくに対する態度がイジワルになったような気がした。やっぱり、あと一番ぐらい指しておけばよかったと、今でもときどき思う。

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