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ヘルシンキの音屑

フィンランド
Arabianmäki Helsinki 2006 by makina67
Arabianmäki Helsinki 2006

ヘルシンキは夏めいてくるとバカンス・シーズンへ突入する。街からフィンランド人の気配が薄れると同時に、異邦人観光者の姿が現れ始め、慣れ親しんだ静けさのかわりに、よそよそしい静けさが流れる。

不思議なことに、自分自身異国の地に身を置きながらも、異邦人観光者がなんとなくだが見分けがつくことがある。観光者特有の身なりだけではなく、まとっている雰囲気が似てくるのかもしれない。その辺の事情は世界共通なのだろう。

そんなヘルシンキの夏の午後のひととき、乗客まばらなトラムに身を沈め、まったり過ごしていたときのこと。ヘルシンキ中央駅を少し過ぎた辺りの停留所で、四、五人の団体さんがガヤガヤと騒々しく乗車してきた。大きな花のプリント柄が有名な、フィンランドのファッションブランドの買い物袋が視界をかすめる。異邦人観光者の集団のようだ。

しかし、なにやら耳馴染みのあるイントネーション、聞き覚えのある言の葉の枯れたのがきれぎれに耳に届いてくる。よく見ると自分と同邦の人々だった。まわりに身内にだけ存在する透明な防音殻でもあるかのように、おしゃべりに夢中になっていた。しかし実際には、音のゴミ屑を静かな車内に吐き散らかしていることには気が付かないようだ。

しばらくして、その一団は乗ってきた時と同じように騒々しく下車していった。とりあえず車内には静けさが戻ったが、場違いに散らかった音屑の残響を、できるなら掃き清めたい気分だった。

世界的にも清潔好きな国民性だという世評をよく耳にするが、聴覚については必ずしも当てはまらないのだなと、そのとき思った。

He swept them methodically, moving the sonovac’s nozzle in long strokes, drawing out the dead residues of sound that had accumulated during the day.

J. G. Ballard, “The Sound-Sweep” (Science Fantasy, 1960)

彼は音響真空掃除機ソノバックの筒先を大きく動かして、それらを手際よく掃除し、その日たまった音のかすを吸い取るのだった。

J・G・バラード「時の声」吉田誠一 訳(『時の声』所収)創元SF文庫
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