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ヤリさんと兄貴たち

フィンランド
 Jari and bros

フィンランド国民学校の教師は皆個性的だった。初秋にスタジオポートレート入門を担当したヤリさん(Jari)もその一人だ。歳は40を少し過ぎたぐらいだったと思う。細マッチョの長身にレザージャケットとレザーブーツをまとい、髪はポマードでリーゼントにキメていた。教室で教えているより、ハーレーダビッドソンにまたがってフィンランドをツーリングしているほうがサマになりそうな風貌だ。

ヤリさんのナルシスティックな美意識は、リーゼントから教室の隅々にまで行き渡る。私語は許されない。ところが渡芬後間もない身、彼の口から滔々と流れるテノールのフィンランド語は美しい音楽ではあったが、何を話しているのかは毛ほども理解できなかった。隣の席のNelliが囁き声で英語に翻訳してくれるたび、教壇から暗い影のある目付きで睨みつけてくる。ホグワーツのスネイプ先生が新入生のハリー・ポッターを見るように、意地悪く見下す目の奥にヤリさんの心のダークサイドを垣間見るようで背筋が凍った。教室の空気も凍りついていた。

ところが、ヤリさんが得意とするスタジオ撮影によるモノクロのポートレートのプリントを見ると、そこにはスネイプ的なダークな雰囲気はない。アンセル・アダムスのゾーンシステムでいえば、画像の隅々までテクスチャーのある、ハイライトも暗い影もない、ゾーン3から8のグレーゾーンに被写体が窮屈そうに収まっていた。優等生的というのか、破綻はないが陰影に乏しいプリントを焼いていた。

初夏が近づく5月の週末のこと、PCルームでぶらぶらしていると、件のヤリさんが近づいてきて、would you do me a favour ~? と慇懃に話しかけてきた。仲間が来ているので記念に写真を撮って欲しい、というのだ。なせぼくに?と思いつつ、もちろんですともと即答して、自室からカメラを携え戻ってみると、お揃いのレザーベストを着込むリーゼントの兄貴らが待ち構えていた。

ぼくは途方にくれた。当時はフィルムカメラの時代、デジカメはまだ普及していない。ましてスマホなどない。撮り損なったら焼きを入れられる。絶対に失敗できない状況に立たされていることを悟ったが時すでに遅し。

気分を和らげるためにもと、白いラッパスイセンが咲いている花壇まで誘導しようしたが結局、殺風景な壁の前に連れて行かれた。並んでポーズをとるフィンランドの4人の兄貴に向かって、ともかく2回シャッターを切った

すぐにフィルム現像も済ませ、見栄えの良い方のコマから人数分のプリントを焼いて、後日ヤリさんに手渡した。彼は写真の出来に満足し丁寧にお礼を言ってくれた。本当は素朴で不器用、見栄っ張りな典型的なフィンランド人の中年男性だったのかもしれない。

あるいは初夏の太陽のせいなのか。秋が来て冬が巡ってくれば、きっとヤリさんの目にあの暗い影が戻ってくる。そうやってフィンランドの明暗の激しい夏と冬を過ごすうち、自然とそんな風になっていくのだろう。そうと思うと、こころなしか写真に写っている兄貴たちに親しみを覚えた。

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