もう何年も前の冬のある日、ヘルシンキのアートギャラリーで写真のプリントを購入したことがある。二月下旬にフィンランドを襲った強烈な寒波で、ヘルシンキ全体が雪に埋もれてしまった日の午後、Rauhankatuにあるギャラリーの、透明で重たいガラス扉の向こう側では、ちょうど写真の展覧会が開催されていた。
こじんまりとした四角いギャラリースペースの白い壁面には、十数点のモノクロのゼラチンシルバープリントが展示されていた。知的なコンポジション、穏やかなトーン、被写体に近くもなく遠くもない優しい視点による写真作品が、吹雪の中を歩き回り冷え切った心と体をあたたく迎えてくれるようだった。
ぼくにとっては未知のフィンランド人女性写真家による個展だったが、悩んだ末に選んだ一点を躊躇なく買い求めた。価格は400ユーロぐらいだった。帰国が数日後に控えていることをギャラリーのオーナーに伝えると、さっそく写真家と連絡をとり、作品引渡しの段取りを計らってくれた。
さらに、その写真家本人と直接メールを取り交わすようになり、お互いの氏素性を明かし合ってみると、彼女がPentti Sammallahtiの姪御さんだということが判明した。Pentti Sammallahtiはフィンランドで最も尊敬を受けている写真家であり、フィンランドの人間国宝のような存在だ。
「渡芬した2003年に知ってからPentti Sammallahtiの写真作品の大ファンです」と伝えたところ、 驚いたことにぼくをPenttiさんに紹介してくれることになったのだが、ぼくと彼女とPenttiさんの三人のスケジュールがうまく合わず、残念ながら実現しなかった。
日本に持ち帰った彼女の作品は、額装して自室の棚に立て掛けてある。彼女のおじさんであるPentti Sammallahtiと似た、穏やかなまなざしが切り取った鋭い一瞬は、全く色褪せることなく、ぼくの傍らにあって、共に日本での日々を過ごしている。
ヘルシンキを拠点に写真家として活動を続ける彼女とは、SNSでお互いを垣間見あうぐらいだけれど、これからもこんな風に関係が続いていくといいなあと思っている。
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