ハイエナに代わりを頼むのはどうかと思う、レオノラ・カリントン「最初の舞踏会」澁澤龍彦訳

短篇小説
東山動植物園
東山動植物園

社交界へ出たばかりの頃、あたしはよく動物園に行ったものでした。あまりよく行くので、同じ齢頃の娘さんたちよりも動物たちの方が、あたしにとってはずっとお馴染みになっていました。毎日のように動物園通いしていたのも、じつは社交界へ出るのが嫌だったからなのです。あたしがいちばん親しくしていた動物は、一匹の若い牝のハイエナでした。彼女もあたしのことをよく覚えていてくれました。大そう利口な動物で、あたしは彼女にフランス語を教え、彼女はその代りあたしにハイエナ語を教えてくれました。こうして二人は長い楽しい時間を過ごしたものでした。

レオノラ・カリントン「最初の舞踏会」澁澤龍彦訳(『怪奇小説傑作集4 フランス編』所収)創元推理文庫 La Débutante(1978)

学校とか会社の飲み会とかパーティーとか宴会などの集まりが、(個人的に親しい人たちとのこじんまりした集まりは別にして)あまり得意ではない。結婚式とかお葬式などの冠婚葬祭もなるべく避けたいものだが、なかなかそうもいかない。

「きょう会社の飲み会があるんだけど、僕の代わりに行ってくれないかな?マタタビとマグロの刺身がでるかもしれないよ」と、昔飼っていた猫にそれとなく代わりを頼んでみたことがあったけれど、しっぽをクルパタ、クルパタと回転させて、やんわりと断られた。猫の集会にはいそいそと出かけて行くのに。

レオノラ・カリントン「最初の舞踏会」の「あたし」は、社交界が嫌でしょうがない。デビューの舞踏会を動物園のハイエナに代わってもらおうというアイデアを思いつき、ハイエナもそのオファーを二つ返事で引き受ける。

女中のマリイが犠牲者だ。ハイエナに顔を剥がされて、足首以外は全部食べられてしまう。可哀想すぎる。マリイの顔の皮をかぶって人間の女の子のふりをしたハイエナが「あたし」の代わりに舞踏会へ出るが、案の定大騒ぎとなる。

ところで「最初の舞踏会」を読んでいたら、ハイエナに会いたくなり、名古屋の東山動植物園のホームページでハイエナを探してみたが見当たらない。どうやら、2013年11月に最後のシマハイエナのメスが高齢のため亡くなってからは、欠員になっているようだ。

以前は、象やライオン、コアラやホッキョクグマなどのどちらかと言えば派手で人気のある動物に目が向いていたけれど、最近ではハイエナやツチブタ、ヤブイヌやフクロテナガザルのような、地味な個性派にも興味がある。そもそも派手とか地味とかで、動物を区別することがナンセンスだ。

そう思って、東山動物園に住んでいる動物を見てみると、心なしか以前より種類が減っているような気がしないでもない。いろいろと事情があるのかもしれないけれど、ハイエナのいない動物園はちょっと寂しい、と思うのは僕だけだろうか。

ハイエナのおかげで舞踏会がメチャクチャになっているときに、「あたし」が読んでいたのは、ジョナサン・スウィフトの『ガリバー旅行記』。シュールレアリスムの画家として知られているレオノラ・カリントン自身の愛読書だったのかもしれない。

「残酷な童話のような味わいがあり、わたしのとりわけ愛する作品の一つである。」と評したのは訳者の澁澤龍彦。アンドレ・ブルトンも愛した名編とのこと。


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