#022 ジュンパ・ラヒリ「ピルザダさんが食事に来たころ」、ハロウィーンのプルースト

短篇小説
Fallen leaves October 2003 Tampere
Tampere Finland 2003

小津安二郎の映画のような低い位置にあるリリアの目線が、ピルザダさんの扁平足と蟹股の脚を映し出す。加えて、シャーロック・ホームズの観察眼で、コートのポケットに樺や楓の葉っぱを発見し、靴の爪先や踵に付いた金泥のような汚れを鑑識する。

ピルザダさんのボビーピンで留めた黒いトルコ帽やライムの香りの漂うオーバーコートを気に留め、ハロウィーンのカボチャの目鼻口を穿つピルザダさんの手慣れたナイフさばきに刮目するあたりが10歳の女の子らしい。

テレビ画面は、ボストンから遠く離れたダッカの政情が日々悪化していく様子を映し出す。ハロウィーンの日に事態が急速に深刻化する。リリアは祈る。苦悩を抱えたピルザダさんと、ダッカに残してきた奥さんや七人の娘たちの無事を願って。

Eventually I took a square of white chocolate out of the box, and unwrapped it, and then I did something I had never done before. I put the chocolate in my mouth, letting it soften until the last possible moment, and then as I chewed it slowly, I prayed that Mr. Pirzada’s family was safe and sound. I had never prayed for anything before, had never been taught or told to, but I decided, given the circumstances, that it was something I should do. That night when I went to the bathroom I only pretended to brush my teeth, for I feared that I would somehow rinse the prayer out as well. I wet the brush and rearranged the tube of paste to prevent my parents from asking any questions, and fell asleep with sugar on my tongue.

Jhumpa Lahiri, “When Mr. Pirzada Came to Dine” (Louisville Review)

 結局、わたしはあの箱から四角いホワイトチョコレートを一枚取り出して、包み紙をとったのだが、そのあとでまったく初めてのことをした。口に入れ、ぎりぎり待てるだけ待ってから、やわらかくなったチョコレートをゆっくり噛んで、ピルザダさんの家族が無事でいますようにと祈ったのである。わたしはお祈りなどには無縁で、そういう躾もされていなかったが、この際そうしたほうがいいと思った。
 この夜、わたしはバスルームへ行ったものの、歯を磨く真似をしただけだった。磨いたらお祈りまで口から流れてしまいそうな気がした。そこで、父や母に何とも言われないように、歯ブラシを水で濡らし、歯磨きチューブも適当に動かしておいて、糖分を舌に残したまま寝てしまった。

ジュンパ・ラヒリ「ピルザダさんが食事に来たころ」小川高義 訳(『停電の夜に』所収)新潮クレスト・ブックス

ダッカに合わせて時間を進めた銀の懐中時計や、父方の祖母ゆかりの、白檀で彫った小箱に時間感覚を揺さぶられ、プルーストの『失われた時を求めて』を想わせる語り口が、少女時代を振り返る「わたし」と作者のジュンパ・ラヒリを重ね合わせたくなる誘惑に拍車をかける。

10歳のコンラディン11歳のヴィクターと比べると、10歳のリリアは違う。同じ年頃でも女の子のほうが大人びているのかもしれない。


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