彼はまたこうも言った。「歌手にとってもっとも重要なのは、rの発音だ。もしそれをきれいに発音できれば、その歌手はすでにそれだけで、変な言い方かもしれないが、最悪の歌手よりはましなのだ」。
『グスタフ・マーラーの思い出』ナターリエ バウアー・レヒナー著、ヘルベルト キリアーン編、高野 茂 訳 音楽之友社
フィンランドに三年近く暮らしたことがあって言うのもなんだが、英会話は苦手だ。とはいってもフィンランドにいたときはがんばって話したし、周りの人たちも、ぼくのみじめな英語に、おおむね親切に辛抱強く耳を傾けてくれていた。
ぼくとうちの奥さんは、2004年にフィンランドのLärkkullaというkansanopisto(国民学校)でフィンランド語と同時に英語も習っていて、そこでErica King(エリカ・キング)さんという英語の先生が担当する、ケンブリッジ英検のFCEとCPEのクラスに参加していた。
エリカさんは、当時50才半ばぐらいのフィンランド人女性で、若い頃はイギリスのマンチェスター大学でイギリス文学の勉強をしていた。厳しいところもあったが、明るくさっぱりとした性格でしかも美人だった。でもそれよりもなによりも、エリカさんのユーモアのセンスが好きだった。
ところで、今年2016年はアメリカ大統領選挙の年で、トランプとヒラリーが大統領選挙を戦っている。当時2004年もアメリカ大統領選挙の年で、ブッシュJrとケリー(現オバマ政権の国務長官)が戦っていた。
アメリカ大統領選挙は英語ではAmerican Electionとか、US Electionなどと言ったりするが、あるときエリカさんが、前の晩に自宅で観た、アメリカ大統領選挙に関するテレビ番組を見て大笑いした、ということを英語の授業で話題に持ち出した。
それは、日本人に扮したフィンランド人のタレントが、election(選挙)とerection(勃起)をわざと言い間違えることで、英語のLとRの発音が苦手な日本人を揶揄するというギャグだった。エリカさんは「どうしてあなたたち日本人は、LとRの発音の区別ができないの?」と笑いをこらえていた。
ぼくはちょっとカチンときて「electionとerectionを例にして、LとRの違いを教えてもらえませんか? ここは英語のクラスだし、あなたは英語の先生で、ぼくは日本人の生徒ですから」というと、エリカさんは少しムッとしながらも、しぶしぶみんなの前で、electionとerectionを繰り返し発音して、LとRの舌の使い方について、熱心に教授してくれた。
でもたしかに、たった一文字の発音の違いで意味がかなり変わってしまうのは困ったことだ。だって、朝のテレビでは「アメリカの勃起」が連日トップニュースとなり、評論家は「アメリカの勃起」の結果が世界に及ぼす影響を解説し、メディアは「公正な勃起報道」を心がけるだろうが、陰謀論者は「アメリカの不正勃起」を告発するかもしれず、有権者は11月の「勃起の日」まで、どちらに投票するか喧々諤々熱く議論し、そして4年後ふたたび「勃起の年」が巡ってくる、なんてことになるのだから。
アメリカ大統領選挙でうちの奥さんと名古屋・池下の「ドゥリエール 」のジェラートを賭けた。僕はトランプ、奥さんはヒラリー。
— じつぷり (@JITUPULI) November 8, 2016
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