#013 スワヴォーミル・ムロージェック「象」、ポーランドにおける東大話法の一事例

最近「東大話法」という言葉を最近知った。「自分の信念ではなく、立場に合わせた思考を採用」し、「自分の立場に沿って、都合の良い話をする」無責任で欺瞞的な話術のことだ。

高級官僚や政治家、大手マスコミ、財界人、学者などが得意とし、特に東大出身の学歴エリートに達人が多く見られることから、発見者である東京大学の安冨歩教授が「東大話法」と名付け、その著書『原発危機と「東大話法」―傍観者の論理・欺瞞の言語』で発表した。

また、安冨教授は、このような欺瞞的テクニックは、学歴エリートだけではなく、すべての日本人が多かれ少なかれ日常的に使っており、立場を守るためなら何をしてもよいとする「立場主義」が現代の日本全体を覆っている、と指摘する。

ところで、東大話法は日本に限ったことではなさそうだ。ポーランドの前衛作家四天王の一人、スワヴォーミル・ムロージェックの「象」という初期の短編小説の中に、東大話法を駆使する動物園の園長が登場する。

『本官ならびに従業員一同は』彼はその中で書いていた。『象がポーランドの鉱山および鉄鋼労働者の背にのしかかる重い負担であることをよく承知しております。本官は経費節減を切に希望いたす一存から、当該書類に記載の象を、自前の象で代替したく提案いたします。私どもは然るべき大きさのゴム製の象を製作し、空気で膨らませ、柵の向うに設置することが可能であります。入念に彩色いたしますれば、どれほど近くから検分いたしましても、本物とは見分けがつかぬことでありましょう。象は重い動物でありますから、いささかも跳びはねたり、走り回ることはなく、転げ回ることもないことはもちろんであります。柵に、この象が特別に重い旨の解説板を掲げることといたします。こうして節約されます費用は新しいジェット機の製造、もしくは教会関係の史跡保存に振り向けることが可能であります。本案の発議ならびに策定が、共同の事業および闘争に寄せる本官のささやかな寄与でありますことに御留意いただきたく存じ上げます。謹んでお願い申し上げます』――以下、署名。

スワヴォーミル・ムロージェック「象」長谷見一雄訳(『象 (文学の冒険シリーズ)』所収)国書刊行会 “The Elephant” (Słoń): Sławomir Mrożek

この請願書を書いた園長はかなりコチコチの立場主義者だ。20項目ある「東大話法規則」がいくつか該当する。(東大話法 – Wikipedia

ところで、ゴム製の象に空気を注入する仕事に当たった二人の小使は、「象を膨らますなんて聞いたことがない」と、途中でバカバカしくなって仕事をサボることにする。

一人が空気の代わりにガスを入れるアイデアを思いつき、壁から突き出しているガス栓にゴムの象をつないで、手っ取り早く膨らますことに成功する。ガスで膨らんだゴムの象は翌朝、特設飼育場に移された。「特別に重いため、全く動きません」という掲示板とともに。

空気の代わりにガスを入れるという手抜きが、園長の立場主義を軽快に打ち砕くことになるのだが、どちらにしても象を楽しみにして動物園を訪れた子どもたちに、大人の欺瞞を押し付けることになってしまう。そしてその後、子どもたちはどのように成長したのか。東大話法と立場主義の本当の犠牲者は子どもたちなのだ。

動物園を訪れる際には、象が本物かどうかよく見ておく必要がある。立場主義からではなく自分の感覚にしたがって。自分自身がいつのまにか東大話法や立場主義に侵されていないとも限らないので。

じつぷり
じつぷり

他のムロージェック作品は、未知谷(みちたに)という出版社から短篇集が出ている。


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