
幼年の頃、夜、布団に入り左側にからだを向けると、すぐ眼の前にガラスのふすまがあった。ガラスには銀河の星々を思わせる模様があり、入側の外から差し込む街灯の光が星々に重ねて映す庭木のゆらぐ影を、ぼんやりと眺めているうちに眠るのだった。
ある夜、ガラスの向こうの入側に、鬼が潜んでこちらをじっと見つめているのではないかという恐怖に取り憑かれた。それでガラスに背を向けて横になるのだが、つい寝返りを打ちたくなる。
そのたびに「振り返っちゃだめだ、鬼と目が合うと死んでしまうぞ」と自分に言い聞かせていた。山奥の渓谷にかかる橋のように布団の中で硬直し、怖くてトイレに立つこともできなかった。
Don’t look up! you thought. If you see It, and it sees You! No. No!
Ray Bradbury, “The Thing at the Top of the Stairs” (F&SF, 1988)
But then your head jerked. You looked. You screamed!
For the dark Thing was lurching out on the air to slam flat down like a tomb-lid on your scream!
見上げちゃだめだ、と心にいう。あいつを見たら、あいつもおまえを見るぞ! 見ちゃいけない。見るな!
レイ・ブラッドベリ「階段をのぼって」伊藤典夫 訳(『二人がここにいる不思議』所収)新潮文庫
だが、そのときには首をめぐらし、見つめ、悲鳴をあげている!
なぜなら黒い化けものはもう宙に乗りだし、墓所のふたのように、叫びを封じようとのしかかってくるところだからだ!
レイ・ブラッドベリの短篇小説「階段をのぼって」の主人公、エミール・クレイマーは、列車でニューヨークへ向かう途中、シカゴでの乗り継ぎで空いた数時間を、美術館でルノワールやモネを観て過ごす代わりに、そこから北へ三十マイル離れた故郷の町、グリーン・タウンに立ち寄ることを思いたつ。
タクシーの窓越しに、古ぼけた劇場の恐怖映画の看板を見やり、車を降りて故郷を歩くうち、引き寄せられるようにしてたどり着いたのは、すでに住む人もいなくなり《売り家》となった、かつてのわが家だった。そこでは階段をのぼったところで「あいつ」が彼の帰りをずっと待っていたのだ。
自分の実家は20数年前に建て替えられた鉄骨造・弐階建だ。現在は父と母だけが暮らす。今から半世紀ほど前、ぼくが生まれてすぐに新築され、子供の時分を過ごした木造瓦葺・平家建は、もうない。
今でも夢に見るのは古い家のほうだ。「鬼」は夢の中の古い家に居を移し、ぼくが子供だった時のままずっと待っているかもしれない。
レイ・ブラッドベリは、大人になるとすっかり忘れてしまうような些細な、しかし子供にとっては重大な出来事の記憶を蘇らせてくれる。
ぼくのように寝返りを打つことに何のためらいもなくなってしまった、かつて子供であったすべての大人にすすめたい。


1988年ブラム・ストーカー賞、Superior Achievement in Short Fictionノミネート作品。


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