フィンランド人のスキーヤーたちが野沢温泉スキー場でコース外を滑走していて自力で帰れなくなった、という先日のニュースは、日本だけではなくフィンランドでも2016年1月12日付の Helsingin Sanomat で記事になっていた。
僕は自慢じゃないけれど、スキーはほとんどやったことがない。唯一の経験といえば、数年前にフィンランドのユヴァスキュラを訪れた際、フィンランド人の友達にコーチしてもらいながら、数時間だけ雪の森の中でクロスカントリースキーを楽しんだことがあるという程度のズブの素人だ。
といわけで、野沢温泉スキー場がどんなところなのかは知らないけれど、フィンランド人だけではなく、外国人のスキーヤーが最近増えているらしいということはニュースで聞いた。
そう言えば2年ぐらい前の冬に、知り合いのフィンランド人の姉妹が野沢温泉スキー場にスキーをしに行くので、日本から現地情報を教えてほしいという問い合わせを受けたことがあった。そのスキー場にはフィンランド人や外国人スキーヤーを惹きつける何かがあるのだろうか。
ところで、最初にその遭難のニュースを夕方のラジオで聞いた時には、たんなる希望的観測からというわけではなく、きっと大丈夫に違いないと楽観的に考えていた。というのも、彼らは、雪の森の中で生き延びるテクニックを熟知しているはずだと思ったからだ。
フィンランドにいた頃、フィンランド人の友達と昼夜を問わず、雪の森の中をよく散歩していたことを思い出す。
あるとき、雪の森の中で迷子になったしまったらどうしたらよいのか、という話題になった。「森の中なら、木の根元が暖かい場所だ。そこに身を寄せていればいい。野生の動物たちは暖かいところをよく知っていて、そこで寒さをしのぐこともある、少し穴をほって雪の下に入れればなお良い」というようなことを教えてくれたことを憶えている。
また、フィンランドの男性には徴兵義務があって、高校卒業直後か遅くとも20代のうちに義務を果たす人が多い。当然、雪の森の中でのサバイバルは重要で、重い荷物を背負って、数日間昼夜をとわず、雪の森の中を徒歩で移動するなどのハードな演習も課せられるとか。
そんな彼らにとって、たんにテクニックの問題からだけではなく、フィンランド人の意地(フィンランド語で sisu)においても、日本のスキー場で遭難するわけにはいかないはずだ、と思えたからでもある。
ちなみに、フィンランドでは兵役を拒否した場合の選択肢は二つあるらしくて、一つは社会奉仕活動に従事すること。さらにそれも拒否する場合は、しばらくの間監獄に住むことになる。
僕の友達にも監獄生活を選択したフィンランド人がいた。ちょうどその当時、アメリカのブッシュJr大統領が始めたイラク戦争に反対する意思を貫くため、徴兵を拒否したのだと説明してくれた。
現在は文化人類学者として活躍している彼は、フィールドワークのためアフリカのタンザニアに住んでいる。ひょっとしたらフィンランドの雪の森で行軍するのが嫌で兵役を拒否したのではないかと、つい思ってしまった。アフリカでサバイバルするのも相当大変そうではあるが。
人生には無数の罠が待ち受けていて、わたしたちのほとんどがその多くにはまってしまう。しかし理想的なのは、そうした数多くの罠に、可能な限り近づかないようにするということだ。そうすることで、人は死ぬ時が訪れるまで、元気いっぱい、撥刺とした生き方を最大限貫くことができる……。
チャールズ・ブコウスキー『死をポケットに入れて』中川五郎 訳
どちらにしても、無事救助されたフィンランド人のスキーヤーたちはホッとして、今頃は野沢温泉でホクホクと体を温めていることかもしれないが、野沢温泉村には「救助活動にかかった費用を請求できる」という条例があるらしい。弁償額は総額数百万円とも。懐はだいぶ寒くなりそうだ。好事魔多しとはこのことだろうか。
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