
過日、東名高速道路を三河方面に向かって、月一回開催の読書会のため土曜の午前車を走らせていた。車は父から借りたもので、比較的年式が古く、カーオーディオにはラジオとCDプレーヤーがついているが、Bluetooth接続機能はない。
朝から曇天の雨模様ということもあってか静かなものを聴きたくて、リヒテルの演奏によるバッハのThe Well-Tempered ClavierのCDをかけながら車を運転した。名古屋ICから高速道路に入った頃には本降りになっていた。
このCDを選んだのは正解だった。フロントガラスに当たる雨粒の音と、リヒテルの手によるベーゼンドルファーの豊かな和音の響きが、外界の雑音を払ってくれる。もやもやした気分がニュートラルに落ち着いてくる。狭い車内が天井の高い礼拝堂になったようだ。
できるだけ長くこの音響空間に浸っていたいと、時速90キロ前後の巡航運転で走行レーンを進む。後続車が 次から次へと追い越し車線を水しぶきを上げて追い抜いていく。目的地のICで高速を降りずに、このまま静岡あたりまで走っていきたい誘惑に駆られた。
読書会の課題本が何だったかの記憶は不確かでも、高速道路で聴いたピアノの響きは心に残っている。所変われば音変わる。自宅で聴いているのとは違った印象だ。
ちなみに、このCDの日本語タイトルには「平均律」とあるが、実際は「平均律」ではなく「ヴェルクマイスター第3」の音律で書かれている、ということらしい。ドイツバロック時代のアンドレアス・ヴェルクマイスターの音楽理論だ。それが音にどう関わってくるのか詳しいことはわからない。
そういえば、ハンガリーの映画監督タル・ベーラの『ヴェルクマイスター・ハーモニー』に、この音楽理論がどうのこうのという場面があった。巨大な鯨の死骸が小さな町の広場に横たわっている、静かで美しいモノクロの映画だ。もう一度観たいと思った。

コメント