木曜日の午後5時、子羊のように善良で従順な妻メリー・マロウ二(Mary Maloney)は、夫パトリックが仕事から帰ってくるのを待ちわびている。家は暖かく整えられている。妻は妊娠6ヶ月。警察官の夫を尊敬し愛している。
幸せそうな家庭の幸せそうな夫婦だ。それなのに妻は夫を殺してしまう。一体どういうことなのだろう。
“Patrick’s decided he’s tired and doesn’t want to eat out tonight,” she told him. “We go out Thursday, and now he’s caught me without any vegetables in the house.”
Roald Dahl, “Lamb to the Slaughter” (Harper’s Magazine, 1953)
“Then how about meat, Mrs. Maloney?”
“No, I’ve got meat, thanks. I got a nice leg of lamb from the freezer.”
“Ah.”
「パトリックは疲れているから、今夜は外に食べに行きたくないって言うのよ、いつもは木曜日に食べに出てたでしょう? だから野菜の買いおきがなくって」
ロアルド・ダール「おとなしい凶器」東理夫 訳(『16品の殺人メニュー』アイザック・アシモフ他編 所収)新潮文庫
「肉の方はいかがです?」
「いえ、お肉はあるの、ありがとう。とてもいいラム・レッグがフリーザーに入っていたから」
「ああ、それは結構ですね」
アイロニーが皮・肉を突き抜けて骨髄にドスンと響く。皮膚感覚を刺激する「女主人」とは違った味わいの、ロアルド・ダールによる残酷な一撃だ。
どうでもいいことだが、メリーがサムのグローサリー・ストアで、食後のデザートにと買い求めたチーズケーキは、誰が食べたのだろう。
翻訳には新旧の名訳があるが、それらを読んだ後にでも、英語で読むことをお勧めしたい。初出はHarper’s Magazine (1953)だ。最初に持ち込んだNew Yorkerでは掲載を拒否されたらしい。
ところで、MaryにLamb、とくれば、”Mary Had a Little Lamb”を思い浮かばずにはいられない。元歌の「メリーさんの羊」はともかく、Paul McCartney & Wingsよりも、Buddy GuyやStevie Ray Vaughanのヴァージョンが渋くてカッコよくて好きだ。
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