空飛ぶ厄除け詩集

『厄除け詩集』井伏鱒二
『厄除け詩集』井伏鱒二

なだれ

峯の雪が裂け
雪がなだれる
そのなだれに
熊が乗ってゐる
あぐらをかき
安閑と
莨をすふやうな恰好で
そこに一ぴき熊がゐる

井伏鱒二『厄除け詩集』講談社文芸文庫

飛行機が怖い。恐怖症というほどではないけれど、空を飛ぶのは嫌いだ。

フィンランドでとりあえず一年ほど暮らすことになったとき、そんなぼくを見た旅好きの友人が、わたしが飛行機に乗るときのお守りにしているんだけど、今まで無事だったからご利益があると思うよ、といって本棚から一冊の本を抜き出してプレゼントしてくれた。

恐れる者は本をも掴む。それ以来、飛行機に乗るときは必ず、その本、井伏鱒二の『厄除け詩集』を手荷物として機内に持ち込み、財布やパスポートと同様、肌身から離さないでいた。

ほぼ三年間過ごしたフィンランドを離れ最後に名古屋へ帰るときに、フィンエアーの機体に深刻なエンジントラブルが発見され、搭乗直前でフライトがキャンセルされたことがあったが、そのときも機内持ち込み用の鞄にこの本を忍ばせていた。

気のせいだと言ってしまえばそれまでだが、ヘルシンキ空港で機体整備に携わっている方々に心から感謝すると同時に、それとは別次元の何かに守られているような気がした。

飛行中、あぐらをかいて安閑とした熊のような気分とまではいかずとも、井伏鱒二の詩と、この本を贈ってくれた友人の言葉が暗示となって、ぼくの臆病な心を支えてくれていたように思う。

悩める者を救ってくれる慈悲深さが、人生には「いつも必ず」ではないにせよ、ときにはあると言ってもいいのではないだろうか。

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