小説の始まりのところで、主人公の少女ローラがバタつきパンを持って庭に飛び出すシーンがある。
Away Laura flew, still holding her piece of bread-and-butter. It’s so delicious to have an excuse for eating out of doors, and besides, she loved having to arrange things; she always felt she could do it so much better than anybody else.
Katherine Mansfield, “The Garden Party” (Saturday Westminster Gazette, and Weekly Westminster Gazette, 1922)
ローラは飛んでいった、バタつきパンのきれを持ったままで。外で何か食べられる言訳がたつのはとてもうれしいし、それに、何か事を取り決めるのが、彼女は大好きだった。それだけ、自分はだれよりもそういうことがうまくできると、いつも思っているのだ。
マンスフィールド「園遊会」安藤 一郎 訳(『マンスフィールド短編集』所収)新潮文庫
これって、漫画やアニメによくある「食パンをくわえてダッシュする少女」の原型なのではないだろうか。「遅刻する食パン少女」とか「トースト娘」などと呼ばれるあれである。
漫画やアニメなら、このあと少女は街角でぶつかった少年と恋に落ちたりするのだろうが、この小説でローラは恋人ではなく、人間的に成長するきっかけとなるある出来事に遭遇する。
サキの「スレドニ・ヴァシュタール」でも、無慈悲な出来事が進行するなか、自分へのご褒美のようにコンラディンくんはバタつきパンを美味しそうに食べていた。
ぼっちで陰キャな10才のコンラディンくんと、リア充で陽キャな天然系少女ローラ。彼らが手にするバタつきパンからは、一見穏やかな日常の裏に潜む不穏な出来事の、甘く危険な香りが漂ってくる。
小説にバタつきパンが出てきたら要注意だ。
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