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#021 パトリシア・ハイスミス「すっぽん」、小学生男子のお母さんにおすすめ

短篇小説
Patricia Highsmith, "The Terrapin"
Patricia Highsmith, “The Terrapin”

ヴィクターは11歳。ニューヨーク三番街にあるペントハウスアパートの18階で、絵本の挿絵画家のママと二人で暮らしている。10月のある土曜日、二人の間に決定的な亀裂が生じる。

ヴィクターには不満があった。ママのフランス趣味で着ているけれど、小さすぎる半ズボンにはうんざりだ。曜日だってちゃんと言えるのに、何もわかってくれない。ママはぼくがいつまでも6歳の子供でいてほしいんだろうけど……。

亀裂のきっかけは、ママが出版社からの帰りに市場で買ってきた一匹の亀(すっぽん)だった。

「ねえ、ママ! ママ!」ヴィクターは浴室のドアに向かってどなった。「あの亀ぼくに持ってきてくれたんでしょう?」
「何をだって?」水の音がやんだ。
「亀だよ! 台所のさ!」ヴィクターはホールをあちこち跳ねまわっていたが、やめた。
母親もちょっと躊躇していた。また水の音がして、彼女は甲高い声で言った。
あれはすっぽんよセ・テユヌ・テラペーヌ! シチューにするんだからねプール・アン・ラグー!」

パトリシア・ハイスミス「すっぽん」小倉多加志 訳(『11の物語』所収)ハヤカワ文庫
Patricia Highsmith, “The Terrapin

サキの「スレドニ・ヴァシュタール」(Sredni Vashtar)では、10歳のコンラディンが保護者のミセス・デ・ロップに殺意を抱いた。大切に飼育していたフーダン種の牝鶏が処分されたのがきっかけだった。

ハイスミスによる母親の描写はサキ以上に辛辣だ。ママの意地悪がじわじわと効いてくる。ヴィクターのママに対する嫌悪感が静かに爆発するラストは衝撃的だ。

「最近うちの息子が何を考えているのわからない」と不安を感じている、小学高学年の男の子をお持ちのお母さんにおすすめしたい。自分自身の身を護るためにも。


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