福井県の国道8号で大雪のため約680台もの車が立ち往生し、身動きが取れない状態になったというニュースをきいて、フリオ・コルタサルの「南部高速道路」という短篇小説を思い出した。
八月のうだるような暑さの中、フランスのパリに向かう高速道路のフォンテーヌブローを出た途端に始まった渋滞は、雪が降り続く冬を過ぎ、雨と風の季節が訪れ、明るく爽やかな日の頃まで続いていく。
……コルヴェイユの近くでフロリードと2HPが衝突して三人が死亡し、子供が一人怪我をしたとか、ルノー・バンがフィアット1500にぶつけられたはずみでイギリス人旅行客を満載したオースチンをぺしゃんこにしてしまったとか、あるいはコペンハーゲンから飛行機で到着した乗客をのせたオルリー空港のバスが横転したといったニュースがその日の午後に伝えられた。それを聞いて、技師はおおかたいいかげんなでまかせだろうが、こんなにひどく渋滞するからにはきっとコルヴェイユの近くかパリ近郊で大きな事故があったにちがいないと考えた。
フリオ・コルタサル「南部高速道路」木村榮一 訳
(『悪魔の涎・追い求める男 他八篇―コルタサル短篇集』所収)岩波文庫
La autopista del sur: Julio Cortázar
通過するだけの高速道路が定住の場所へと変質していく過程のなかで、車種という記号に還元された人物たちの営みがはじまる。
タウナスとフォードマーキュリー、フロリードらが水の供出をめぐり交渉する。ドーフィヌの娘に言い寄るDKWのセールスマン。それが癇に障るプジョー404の技師。そうこうするうちにドーフィヌとプジョー404の間に子供ができてしまったりする。
ぼくは自動車のことはまったくわからないが、詳しい人なら車種のイメージがふくらんで、より楽しめるにちがいない。
渋滞がやっと解消し、車のスピードが徐々に上がっていく小説のラストでは、ほっとする気持ちと、なんとなく寂しい気分が複雑に交叉して、不思議と心が静かに揺さぶられる。
福井の大雪による車の立ち往生は、なんとか無事解消したみたいでよかった。同じ頃フランスでも大雪による大渋滞が発生していた。700キロ以上の渋滞だそうで、一時的にコルタサルの小説世界がリアルに出現してしまったようだ。
実際に雪に閉じ込められた人たちにとってはうんざりすることだろうが、現実と幻想の間が円環的につながってしまうコルタサル的状況の中で「南部高速道路」を読んでみたいという欲望を抱いてしまった。こういうときのために、コルタサルの文庫本を車のダッシュボードにでも備えて置こうかと思った。
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