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#033 矢作俊彦「ブロードウェイの自転車」、ジョン・レノンとペリエだけわかった

短篇小説
Nagoya 2017
Nagoya 2017

コロンムバス・アヴェニュー、72丁目、”タバーン・オン・グリーン”のチョコレート・ムース、アカスキュータムの本店で買ったコート、”サヴォイ”のマーティニ、ジョン・レノン、ペリエ、ミュスカデ、シュリッツのライト、ソーホー・ニューズ、ミッドタウン・トンネル、ワシントン・スクエア、リンカーン・センター、コロンムバス・サークル、グランドセントラル駅、といった固有名詞が、網の目のように立ち並ぶ時空の街角で、男と女がすれ違い、別れてゆく。

 彼は、交差点や、アスファルトの継ぎめのたび、キャロラインの細くしなやかな胴にしがみついた。それでも、飛んで行く街灯りからは目をはなさなかった。空が銀色にひかって見えた。まるで女の胴ではなく、ブロードウェイを抱きしめているみたいだった。
 タイムズ・スクウェアの手前で東に曲がると、あとは二人とも黙ったままだった。もう空は見えず、ネオンも、それほど多いようには見えなかった。しかしそれでも、沢山の窓、沢山の光が彼の中を通りすぎて行った。

矢作俊彦「ブロードウェイの自転車」( 矢作俊彦『ブロードウェイの自転車』所収)光文社

三月にしてはたいそうあたたかな土曜日の夕闇が迫るブロードウェイ。江崎紘一を載せたキャロラインの自転車がタイムズスクエア駆け抜ける

ガーシュウィン《ラプソディ・イン・ブルー》の真ん中あたりでフレンチ・ホルンが奏でる、レ♯、レ、ド♯の循環するメロディのように揺れ動く二人の内なる声が行間から聴こえてくるようで、なんとも言えない切ない気分になる。

このあと二人の関係はどのように進展していくのだろう、と新しい展開を期待してしまうのは自分が男だからだろうか。最近どうも噛み合わないなあ、と感じている恋人たちにおすすめの恋愛短篇小説だ。

ところで、どうでもいいことだがニューヨークに行ったこともないし、上記の固有名詞ではっきりわかったのはジョン・レノンとペリエだけだった。もっとどうでもいいことだが、矢作俊彦と小沢健二に同じ匂いを感じるのは僕だけだろうか。


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