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死者の日にVammalaで

フィンランド
Vammala 2005 Finland
Vammala 2005 Finland

怪談といえば日本では8月だが、フィンランドでは、死者の日がある11月が相応しいかもしれない。

11月の初旬、フィンランドの南西部の町、Vammalaに友人を尋ねて滞在していたときのこと。当時のメモによればその日は土曜日で、11時近くにランチにと男二人で街中に開いているバーをやっとのことで見つけ、立ち寄った。

注文を待つあいだ徐々に混雑するバー。そこにスラッとした美人が一人、扉を開けて店内に入ってきた。そしてそのまま真っすぐ、ぼくたちのテーブルに近づいてきた。フェルトのベレー帽にシックな色合いのコートを羽織っている。フィンランドのクールビューティーだ。歳は還暦ぐらいだろうか。ここ空いてますか? どうぞどうぞ。彼女は席につくとバーテンダーに迷わずカルフを注文した。

話しかけると、教会からの帰りとのこと。戦死ではないのですが、と前置きし、鬼籍に入って久しい夫の魂に祈りを捧げてきたと、そして、死者の日に教会からバーに直行してカルフを好きなだけ飲むのが私の習慣なんです、と語った。11月のその日がフィンランドでは死者の日だ、ということをあまり気に留めていなかった。そういえば、あちらこちらの墓地で蝋燭に火が灯されていた。

彼女は真っ白なニットの手袋を両手にはめたまま、手元にサーブされたカルフを手にした。その時、写真を撮ってもいいですかとお願いすると、恥ずかしいけど、いいですよ、と言ってくれた。

バーのマスターに店内でカメラを使うことの許可を得て、二眼レフカメラのローライコードに急いでモノクロのロールフィルムを装填した。薄暗いバー、絞り開放でシャッターは30分の1。拝むような姿勢で数枚シャッターをきった。

後日、ヘルシンキの自宅で現像したネガフィルムは、ほとんどがブレとボケがひどかったけれど、すべてが上手くいったときにだけ得られる画像が、奇跡的に1コマだけ定着されていた。

二眼レフカメラはその名の通り、レンズが二つ、上と下についている。その構造から、上のレンズを通ってファインダーグラスに見えている画像はフィルムには写らない。フィルム面に露光するのは下のレンズを透過した、厳密には撮影者が見ることのなかった光景だ。

その意味で、現像処理されネガフィルムを透過して文字通り初めて見ることとなった、グラスを片手に少しはにかんだ微笑みを浮かべこちらを見つめている女性は、ファインダーグラス上に結像した彼女より不思議と幾分若く華やいで見えた。

ご主人の魂が二眼レフカメラの下のレンズに宿って、ぼくが見ることのなかった、彼だけの彼女を見つめていたんじゃないだろうか。その魂の記憶の中の女の、かつての面影を一瞬だけ蘇らせたとしたら。死者の日に撮影したことを思い出すたびに、そんな妄想が頭に浮かぶ。

学校の暗室でプリントを作り、バーで交換したEメールで彼女と数回やり取りし、教えてもらった宛先に写真を郵送した。あれから20年近くたった現在、自治体の統廃合などによりVammalaの名称は消えた。不確かな記憶を辿り、Googleマップであとときのバーを探してみるが、見つけられない。Vammaskosken siltaから見たはずの人魚像も見当たらない。昔話によくある狐に化かされる旅人って、こういうことなのかもしれない。

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