世の中には飛行機に乗って旅をするのが好きな人と嫌いな人の二種類のタイプ人間がいる、と思う時がある。
ヴィム・ヴェンダース監督の映画『パリ、テキサス』の中で、ハリー・ディーン・スタントンが演ずる主人公のトラヴィスは飛行機に乗るのが大嫌いだ。映画の中で彼は絶対に飛行機には乗らない。赤いキャップをかぶって、どこへでも歩いて行ってしまう。
徒歩で旅をするといえば、日本では山下清が有名かもしれない。彼はどんどんと歩いて行ってしまう。やりたくないことを無理やり押し付けられることを嫌っての脱走と放浪の旅だ。
その山下清がヨーロッパを旅して、自ら記した『ヨーロッパぶらりぶらり』という本がある。ただし、放浪の旅ではなく式場博士らと行動を共にする団体旅行。山下清の文と絵で構成された絵日記風の読み物の中に、山下清が生まれてはじめて飛行機に乗った時のことが描かれている。
「おばさん、おばさん、この飛行機はジェット機で、ジェット機はふつうの飛行機よりずっと早いので、ときどきかじを下にむけないと、地球のそとにとびだしやしませんか」
山下清『ヨーロッパぶらりぶらり』ちくま文庫
僕もできれば飛行機には乗りたくないと思うタイプの人間だが、留学先のフィンランドまで歩いて行く訳にはいかない。フィンエアー、ルフトハンザ、スカンジナビア航空に乗って飛んで行く。
でも飛行機が地球の外に飛び出すのではないか、などという不安を抱いたことは一度もないし、たぶん今後もないと思う。
「~ので」の連打で継いでいく文体とユニークな視点が相まって、常人の認識を超えたヨーロッパ見聞録になっている。赤瀬川原平の文庫版巻末の解説によると、山下清直筆の原稿には句読点や読点や改行はほとんどないそうだ。
また、「ので、ので、ので」とずるずると続いていく文章には、漢字はあまり無く、ほとんど平仮名だけで書かれているらしい。このずるずるとした文体が山下清がどこまでも歩いて行く姿と重なってくる。でも、最後は日本に戻ってきてこんな言葉で締めくくっている。
ぼくは珍らしいヨーロッパやアフリカなどをみておもしろかったが、やっぱり日本がいちばん住みよいことがわかった。
同上
北杜夫の『どくとるマンボウ航海記』とか、伊丹十三の『ヨーロッパ退屈日記』、小澤征爾の『ボクの音楽武者修行』などの、他の作家によるヨーロッパ見聞録と比較して読んでみても面白いかもしれない。
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