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#029 おぬまたんのミステリ、小沼丹「黒いハンカチ」創元推理文庫

短篇小説
Voionmaan opisto Finland 2003
Voionmaan opisto Finland 2003

「こぬま」ではなく「おぬま。「おぬまたん」とひらがなで記すと、どこかの地方のゆるキャラみたいだけれど、小沼丹は日本の小説家だ。

「黒いハンカチ」は、五月の好く晴れた日に、シューベルトの「菩提樹(冬の旅)」の合唱が聞こえて来るA女学院を舞台にした短篇ミステリだ。

 五月の好く晴れた或る日の午前、この庭には誰もいなかった。誰もいなかった──と云うのは授業時間だったからである。現に、音楽室からは「菩提樹」を合唱する声が聞えて来た。裏手の運動場でバスケットボオルをやっている連中からは、賑かな喚声が湧いていた。或る教室では英語のテキストを読む声が聞えた。或る教室では──そもそも原子爆弾なるものは、と云う話が進行していた。

小沼丹「黒いハンカチ」(『黒いハンカチ』所収)創元推理文庫

日常のささいな出来事に違和感を感じるニシ・アズマ女史の直観力と鋭い観察眼は、チェスタトンの「ブラウン神父」を想起させるという意見もあるようだが、個人的には、真逆にアシモフによる女人禁制「黒後家蜘蛛の会」のヘンリーに心が傾く。コインの表と裏のように。

飄々とした品のある文体ながら、どこか肉感的な生々しさを感じるのは、主人公のニシ・アズマが女学院で英語を教える若い女性教師だから、だけではないだろう。

「おぬまたん」という一見無害で優しそうな名前に騙されそうになるが、トリックを競うだけではない面白さが詰まっている。五月の好く晴れた日に、シューベルトを聴きながら読んでみたい。


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