主人公の中年男性モネットは、本のセールスマン。家庭の悩みをかかえている。読書週間のキャンペーンで販売先に向かう途中、雨の高速道路で聾唖者のヒッチハイカーをのせる。車を運転しながら、どことなくキリストを思わせる風貌の若者に向かって、悩みをぶちまける。相手が聾唖者だとわかったうえで。
ペトロールを燃料に高速道路を疾走する自動車の車内は、現代人にとっての告解室なのかもしれない。小説は教会の告解室で司祭に語る告白と、高速道路上の車内で聾唖者に話す様子が、入れ子状の建付けになっている。
“I’m fascinated by your story, but I wonder if we could move it along a bit faster? My company will wait while I do the Lord’s work, but not forever. And I believe we’re having chicken salad, heavy on the mayo. A favorite of mine.”
Stephen King, “Mute” (Playboy, Dec. 2007 )
「あなたの話に魅了されました。しかし、もう少し手短にできないものでしょうかね? 同僚はわたしが神の仕事をしているあいだは待っていてくれるでしょう。だが、永遠にとはいきません。マヨネーズをたっぷりかけたチキン・サラダを食べることになっているんです。わたしの大好物の」
スティーヴン・キング「聾唖者」風間賢二 訳(『夜がはじまるとき』所収)文春文庫
本のセールスマンは、史上最大のベストセラーである聖書をも販売するであろう。ならば間接的にであれ、キリスト教の布教活動に携わっているともいえる。そんな悩める子羊に奇跡が起こったのだろうか。
江戸川乱歩の造語とされる「奇妙な味」という言葉があるが、告白を聞くうち、司祭は食欲を抑えるツボが押されたかのように、奇妙に食欲がなくなっていく。司祭は昼食のチキン・サラダにありつけたのだろうか。
食事の前には読むことをおすすめしない。ただし、減量ダイエットをしたい場合はその限りではない。
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