窓から外を見ると、むかい側の屋根の上に、カラスがとまっていた。雨のなか、首をちぢめ、身動きもしないで。しばらくたってからも、あいかわらずじっとしたまま動かず、寒さで凍えながら、静かにカラス的思索にふけっていた。眺めているうちに、不意に兄弟のような感情が湧いてきて、一種の孤独感で胸がいっぱいになった。
ヴェルナー・ヘルツォーク『氷上旅日記―ミュンヘン‐パリを歩いて』藤川芳朗 訳
団地の一番高い階層に届きそうなほどまでスッと伸びた高い木の最上段に、カラスが小枝を集めて巣を作っている。
上に反らした首を下に向け、その同じ木の幹の地面から1メートルぐらいのところに、ピンク色のビニール紐が巻き付けてあるのを見つけたとき、告知版の「環境整備工事」の貼紙の意味がつながった。ピンクの紐はその木だけでなく、その辺りのほとんどの木に巻き付けてあった。
フィンランドから帰国後、この団地に住み始めたのは、街に木が多いというよりは森の中に街が埋もれていると云いたくなるぐらいの、緑豊かなヘルシンキの気分を引きずっていたからなのかもしれない。
窓から見える木々の枝の線や葉っぱ、風が吹くときのザワザワする音、雨上がりの朝の木々の香り、といった日々の生活で身近に起こっていることが、当たり前ではなかったことを「環境整備工事」の度に知らされる。
カラスに申し訳ない気分になった。
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